2026年1月17日

神経難病における「気管切開」への移行タイミング――ガイドラインと現場のリアル

 

はじめに

訪問診療の現場では、神経筋疾患の患者さんと接する機会が多くあります。私は現在も、前職から引き続きデュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)や筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者さんを担当しています。

臨床工学技士として、以下の多岐にわたるサポートに携わっています。

  • NPPV(非侵襲的換気療法)の管理

  • TPPV(気管切開下陽圧人工呼吸療法)への移行支援

  • 在宅酸素療法(HOT)の調整

  • 災害時を見据えた停電対策

     

当院の医師と一緒に常に頭を悩ませるのが、「TPPV(気管切開)へ移行するタイミング」です。もちろん、気管切開を希望されない選択をされる方もおられますが、提案の時期については非常に慎重な判断が求められます。

在宅医療における「説明時期」の課題

タイミングの話をする前に、現在、在宅医療の現場で起きている課題の一つに触れたいと思います。患者さんごとに経過が異なるため、診察スタイルは大きく分けて以下の2パターンに分かれます。

どちらの医療機関が「在宅人工呼吸指導管理料」を算定するかによって、気管切開に関する説明時期に差が出ることがあります。

  • パターン①:専門病院主導(当院に多いケース)

    • 専門病院: 難病の専門診察を行い、管理料を算定。

    • かかりつけ医: 風邪やワクチン接種などの日常診療を担当。

    • 課題: 呼吸機能検査を行う専門病院側で「気管切開の具体的なタイミング」が十分に話されていないケースが見受けられます。

  • パターン②:かかりつけ医主導

    • 専門病院: 専門的なコンサルテーションを担当。

    • かかりつけ医: 管理料を算定し、日常診療から呼吸管理まで幅広く担当。

特にパターン①では、医療機関側は「説明した」つもりでも、ご本人やご家族に正しく伝わっていない、あるいは「まだ先のこと」として認識が乖離していることがあります。この「曖昧さ」が、タイミングを難しくする要因の一つです。

ガイドラインから見る移行基準の比較

今回は、DMDとALSのガイドラインをベースに、TPPVへの移行についてどのような記載があるか調査しました。

1. デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)

引用元:デュシェンヌ型筋ジストロフィー診療ガイドライン2014(日本神経学会)

CQ 6-9:「気管切開下人工呼吸の適応、管理上の留意点は何か」

  • NPPV導入が困難な場合、または継続困難となった場合に検討する。

  • 継続困難の具体例:肺炎などの気道感染症や窒息など。

2. 筋萎縮性側索硬化症(ALS)

引用元:筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2023(日本神経学会)

Q&A 7-10:「気管切開下人工呼吸を希望する場合、いつ、どのように行うか」

  • 普遍的な基準はないが、本人が希望し、NPPVや排痰補助装置を適切に使用しても以下の状態が維持できない場合に行う。

    • SpO2 90%以上

    • PaCO2 50mmHg未満

  • または、分泌物(痰)が適切に処置できない場合。

考察:数値と現場の乖離

疾患の特性も、ガイドラインの発行時期(9年の差)も異なるため単純な比較はできません。しかし、ALSの最新ガイドラインでは血液ガスの具体的な数値が明記されているのが特徴的です。

一方で、現場には実務上の困難もあります。

  • ALSが進行すると通院が困難になり、ご家族による「代理受診」が増える。

  • 在宅でご本人から採血を行う機会が少なく、数値指標(PaCO2など)をタイムリーに把握しにくい。

おわりに

この記事を書いたからといって、移行タイミングの正解が見つかるわけではありません。私自身、今も日々悩み続けています。

しかし、時折こうしてガイドラインに立ち返り、最新の基準と現場のギャップを確認することは、患者さんにとって最善の選択肢を提案するために不可欠だと感じています。これからも、多職種で連携しながら、一人ひとりの患者さんに寄り添ったタイミングを模索していきたいと思います。



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